バットマン:喪われた絆 解題

 『バットマン:喪われた絆』は、ジョーカーがバットマンを本来の姿に戻そうとする物語であり、そのため「再生」「原点への遡行」「母体(子宮)回帰」といった象徴が随所に見られる。僕自身、しっかりと理解できていないのだが、気づいた点を箇条書きで記してみる。

PAGE 007
逆流する川:
 川は産道の象徴。それを遡ることで、誕生の場所=子宮へと回帰することをイメージしたものか。
 
獣の異常出産:
 ライオンは“百獣の王”であり、バットマン=ゴッサムの王を連想させるために、他の動物ではなく、ライオンを選んだのだろう。

PAGE 009
 バットマンたちは、“ゴードン本部長が隠しているタバコを見つけ出す”というゲームをしている。これは言うなれば、“本部長の秘密を暴き出す行為”であり、バットファミリーの秘密を暴こうとするジョーカーの行為と現象的には同じものである。ニーチェの『善悪の彼岸』には、「愛によってなされた行為は、善悪という価値判断を超えたものである」という意味の一節があるのだが、本部長の健康を気遣うがゆえに(つまり愛ゆえに)秘密を暴くバットマンたちの行為を責められないとしたら、バットマンを正しい姿に戻そうとするジョーカーの行為もまた責められないことになる。

PAGE 025
 ジョーカーが誕生する直接のきっかけとなった、エース化学工場の廃液タンクも子宮の象徴である。ニュー52の設定では、ハーレイ・クインも同じ廃液タンクに突き落とされている(以下の画像は「Detective Comics #23.2: Harley Quinn」より)。

PAGE 026
 レッドフードの縦長のマスクは、コンドーム風でもある。

PAGE 044
カセットテープ:
 犯行声明を残すなら、手紙やDVDでも良かったはずだが、あえてカセットテープという古いメディアを選んだのは、過去を“巻き戻す”ことの暗示か。最近のリモコンには「巻き戻し」という言葉がなく、「早戻し」という言葉に置き換わっているそうだ(参考記事)。

PAGE 057
 貯水池は子宮を、水中の死体は羊水に浮かぶ胎児を暗示したものか。

PAGE 059
 秘密を暴露した瞬間に吹き上がる水は、射精の暗示とも考えられる。

PAGE 069
 この作品において、ジョーカーは死の象徴として描かれている。“感情のない目”は死体のそれであり、ジョーカーの周囲を飛びかう蠅も、ジョーカー自身がすでに(象徴的な意味で)死んでいることを意味している。
 一般的にゾンビは、「我々と似たような姿をしていて、一応“生きて”はいるが、相互理解は不可能」という点で、“絶対的な他者”の象徴である。本書におけるジョーカーも、デスマスクをかぶることによって、半死者=ゾンビ=“絶対的な他者”=バットマンとは決して相容れることのない価値観の持ち主であることを表現しているのか。
 なお、『ジョーカー:喪われた絆(上)』には、ジョーカーの美学に心酔して、ジョーカー風の格好をするようになった者たちが登場している(彼らはいわば、ゾンビ・ウイルスではなく、ジョーカーという名のウイルスに感染してしまったとも言える)。

PAGE 084
 南側の断崖にある秘密の出入口(岩の裂け目、つまり女性のアソコ)からバットケイブ(子宮)にたどり着くためには、長い海中トンネル(産道)を遡る必要がある。この場合、バットボートは精子の象徴となる(黒くて細長い形状からすると、男根象徴ととらえることもできる)。

PAGE 089
 アーカム・アサイラムは、バットマンの王国における“宮殿”の象徴として用いられている。
 バットマンが体験する数々の試練(labor)は、陣痛(labor)の象徴。

PAGE 103-106
 これが「火」の試練だとすると、その後のミスター・フリーズは「水」の試練、クレイフェイスは「地」の試練、スケアクロウは「空」の試練となり、四大元素を体現しているとも考えられる。

PAGE 112-113
 左にいるペンギン、リドラー、トゥーフェイスは、国家を成立させるために必要な3本の柱(経済、教育、司法)を代弁している。
 右にいるジャスティス・リーグの格好をさせられている警備員たちは、バットマンの友人を代表している。家族を始末する前に、友人を(象徴的に)始末する必要があったのだろう。国家の役割で言うと、ワンダーウーマンは福祉、グリーンランタンは軍事、スーパーマンは外交、アクアマンは水産業(環境全般)を表したものか(ジョーカーは娯楽産業を表す。通信産業を表すサイボーグと、運輸を表すフラッシュはいない)。
 中央のチェーンソーは、アーサー王伝説のエクスカリバーをイメージしていると思われるが、これがいわゆる男根象徴なのかどうかは不明。
 背後には9枝のハヌッキーヤーがあり、この王座の間にいる人数(9人)とも対応している。
 左下の2本の電線(赤と黒)は、動脈と静脈の象徴だろうか。もしくは『バットマン:R.I.P.』の時と同様に、トランプの赤と黒を意識したものか。

PAGE 120
 バットマンは王なので、王座に座って王冠をかぶらねばならない。したがって、毒ガスや棍棒を使って気絶させるのではなく、電気椅子こそが、もっともふさわしい手段だということになる(電気ショックによる痙攣は、陣痛の苦しみの象徴でもある)。

PAGE 124
その男はお前の独占物じゃねえ:
 ジョーカーはバットマンを一人占めしたいわけではなく、他の者と共有してもいいと思っている。ただし、バットマンの最大の寵愛を受ける資格があるのは自分自身だと考えている。極端な話、トゥーフェイスをはじめとする他のスーパーヴィランたちを皆殺しにしてしまえば、ジョーカーはバットマンを一人占めすることができるはずである。しかし、それでは犯罪発生率が激減し、ゴッサムを平和な街にするというバットマンの存在理由そのものが揺らいでしまう。バットマンがバットマンとして存在し続けるためには、ジョーカー以外の犯罪者が必要になってくる。だから、ジョーカーはトゥーフェイスたちを殺さない(殺すことができない)のだろう。

PAGE 147
誤解:
 ジョーカーの願いはバットマンを本来の姿に戻すことであり、それは原理主義的なルネッサンスとも言える。ジョーカーはバットマンとともに、トムとジェリーのような“永遠の追いかけっこ”あるいは“永遠のキック・ミー・ゲーム”をすることを望んでいる(ちなみに、トムとジェリーには「ショックで直せ」や「春はいたずらもの」といったエピソードがある)。
 「バットマンの寵愛を受けたい」「自分だけを見てほしい」というジョーカーの気持ちは、恋に恋する乙女すら赤面するほどのラブラブ純情一直線(あるいは、好きな女子のスカートをめくる男子小学生と同じレベル)なのだが、残念ながら「愛とは、お互いを見つめ合うことではなく、一緒に同じ方向を見つめることである」(サン・テグジュペリの言葉)。もしも二人が見つめ合えば、それは視点が180度異なることを意味する。自己完結型の閉じられた世界では、愛は循環するかもしれないが、成長することはないだろう。
 ジョーカーは死を体現したものであり、一方、彼が恋するバットマンのコスチュームは黒=暗闇である。死と暗闇は一見相性がいいようにも思える(実際、葬儀の際には人々は黒い喪服を着る)。しかし、それは表面的な類似にすぎない。バットマンのマスクの下には、ブルースの素顔があり、彼の瞳は青、すなわち青空や希望を象徴する色である。死の道化師と希望の騎士が同じ方向を見つめることはなく、彼らの関係が永続するはずもない。ジョーカーの誤解とは、バットマンの外見だけを見て、そのマスクの下に希望が存在するという事実を見落としたことである。

PAGE 151
 川を流されていくジョーカーは、出産あるいは流産の象徴か。出産後に海に捨てられたという、日本神話のヒルコを思わせる。

PAGE 155
彼はバットマンの正体などまったく気にしていない:
 ジョーカーにとって意味があるのは、バットマンという存在であり、ブルース・ウェイン自身ではない。バットマンを再生することが目的ならば、バットマン誕生の瞬間まで遡るだけで十分であり、それ以上の過去(ブルース誕生の瞬間)にまで遡る必要はない。だから、ブルースのことなど全く気にしていない。

PAGE 159
 物語は、Ha(=笑い声)と蠅(=死)をもって幕を閉じる。人は必ず死ぬ。どんな人間であれ、死からは逃れられない。一時的に死を遠ざけたとしても、究極的な死は避けられない。“最後に笑う”のはジョーカー(=死)だという皮肉か。

※母性の不在1 タリア
 『ジョーカー:喪われた絆(上)』には、キャットウーマンは登場しているが、タリアは登場していない。バットマンの人生における重要度を考えるならば、タリアも含めるべきだが、タリアは『バットマン・インコーポレイテッド』において、ジョーカーに勝るとも劣らぬ強敵と化しているので、この「喪われた絆」事件に絡めるのは不可能だったのだろう。

※母性の不在2 バットウーマン
 この「喪われた絆」事件には、バットウーマンは一切登場していない。もともと彼女はバットマンと距離を置いており、バットファミリーの一員と呼べるかどうかも微妙なので、当然といえば当然かもしれない。しかしながら、“家族の死”と銘打っておきながら、実際に描かれているのは“父と子の絆”(アルフレッド→ブルース→ディック他という男性主体の系譜)であり、母親の影が見当たらないというのは、女性蔑視だという気がしないでもない。ハリウッド映画では、父と息子の絆を描いた作品が多いそうだが、少年向けのアメコミ作品でも、やはり同じ傾向にあるのだろう。

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