日米コミックス対談
※「アメリカンコミックス ポスターライブラリー」(1978年8月発行)の記事から転載したものです。
「日本のマンガはどうしてあんなにマンガ的なんですか……」 | |
スタン・リー氏 1939年、マーベル・コミックス社の前身タイムリー・コミックス社に入社。17才で編集者となる。以後30年間、編集長兼原作者として数々の原作を書きまくり、1960年代スパイダーマン、ファンタスティック・フォー等でマーベルの黄金時代を創り出した。1972年1月、マーベル・コミックス社の社主となる。 |
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「深刻で暗いでしょう。だから、マンガ的に描くんですよ」 | |
手塚治虫氏 大正15年、大阪・豊中市に生まれ、昭和22年に「新宝島」を発表ベストセラーとなる。昭和34年医学博士の学位をとり、小学館漫画賞、講談社出版文化賞、文春漫画賞、日本漫画家協会特別賞などを受賞、「鉄腕アトム」「火の鳥」など作品は数多い。 |
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日米漫画界巨匠の対決の前にスタン・リー氏からこの本への激励のメッセージをいただいた。 「アメリカでは、ポスターブックは大変人気がある。アメリカでもマーベルのポスターブックを発行する予定だ。ポスターブックの魅力は人気のあるキャラクターの大きな絵をのせることだ。日本の読者も気に入ってくれるとよいと思っている」 |
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挨拶もそこそこに、早速白熱した対談が始まったのだ。 手塚 ミッキー・スピレーンが、おたくにいたというのは本当ですか? ※編注 アメリカの推理作家 リー 本当です。マリオ・ヨプッツオもいたことがあり、マリオは「ゴッド・ファーザー」を書く一年程前に、私に、漫画の原作をさせてくれと頼んできたが、漫画にするには難しすぎるものだった。それなら小説を書こうといってできあがったのが「ゴッド・ファーザー」だったというわけだ。その時、私も一緒に連れて行ってくれればよかったのにと、思っている。(笑) ※編注 「ゴッド・ファーザー」の原作者 手塚 リーさんは、日本の漫画をごらんになったことはありますか? リー 見たことはあります。あいにく読むことはできませんけれど。 手塚 絵からうけた印象はどうですか? リー 日本の漫画の絵は、驚く程に「マンガ的」だという印象を、うけました。それは、マジメというよりギャグ的なユーモラスな絵だという風に。日本では深刻なストーリーの場合も「マンガ的」な絵を、描くようだがどうしてだろうか? 深刻なストーリーには、写実的なタッチの方が合うと思うが。 手塚 日本にも写実的画法で深刻なストーリーを描いたものがあります。 例えば、広島の原爆の話のものは大変に有名です。 ※編注 「はだしのゲン」中沢啓治作 リー それは知らなかった。 手塚 それでは、日本の読者の好みの、傾向を知る良い例をあげると、MC(マーベルコミック)のヒーローの中で、スパイダーマンの人気が特に高い。その理由は、スパイダーマンの容姿が、日本人的にやせているからだ。キャプテン・アメリカやスーパーマンのような、筋肉質で顔の大きいヒーローはうけない、それからハルクのような、アメリカ人にも日本人にも見えないものはうける。 リー 手塚さんの、おっしゃってることは大変よくわかりました。でも私の言っていたのは、キャラクターの容姿のことではなくて、画法全体のことなのです。アメリカでは、影の部分のない、丸い顔に丸い目のような絵を、「ユーモラス画法」と呼んで、ユーモラスな内容(つまりギャグもの)に使う。そこで、私の疑問は、日本の漫画家に、例えば、ニール・アダムズ、ジョン・ブュッシーマ、ジャック・カービィ、ジョン・ロミタのような、まじめな冒険作品を写実的画法で描く人が、いないのかということです。 ※編注 アメコミの作家、くわしくは各ポスターの裏頁を読んでください。 ――いや、日本にも、そういう作家はたくさんいます。 リー そうですか、ぜひそういう作品を見せて欲しい。 手塚 昔、アメリカにあった漫画で「キャプテン・マーベル」というのが、とても「マンガ的」な画法だったのを記憶していますが。 リー そうです。しかしあれは例外だったし、「キャプテン・マーベル」の内容は100%まじめとは言えなかった。 |
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手塚 私の考えるに、日本の読者、特に学生などは、うんと深刻な話をリアルな絵でかくと、それでなくても、深刻な暗い気持になっているのに、リアルな絵だと、ますます身につまされてしまうということがある。 だからわざと「マンガ的」な明るい、ユーモラスなスタイルの絵で描くということがいえる。 リー それは、今まで私が聞いたものの中で一番ためになります。 手塚 アメリカでは、不思議なことに、大人向けの漫画でもあまり血を描かない。ところが日本では、まあ日本人の気性もあるのだけれど、その血の描き方が深刻でリアルだと、どぎつくなってしまうから、漫画的に血を描く、そのようにどぎついものをやわらかくしようとしている。 リー それはすばらしい御説明です。 手塚 アメリカの出版コードと、日本の出版コードには、大きな違いがあって、日本はかなり自由だ。自由だからこそ、作家が自分の力でどぎつさの限度を、わきまえている。 リー その考え方は、確かにわかりました。しかし、私は、やはりリアルな内容とユーモアスタイルの画法の、組合せはまちがっていると思う。例えば、ローレル・ハーディが、映画「ゴッド・ファーザー」に登場するなんてことは、想像できますか? ストーリーがまじめでリアルな時は、画法もリアルで劇的であるべきだと思います。深刻な内容の、映画を作る場合に使う俳優や、シーンも、まじめでリアルにしたいと、考えるのと同じことです。 ※編注 アメリカの喜劇俳優 手塚 確かにそれは、一理あります。しかし、ローレル・ハーディという例は極端ですね。 それから、ちょっと付け加えたいことは、日本の漫画家が、とても器用だということです。私もそうだし、リーさんがお会いになった、石森章太郎氏なんかもそうですが、ギャグ風の漫画から、とても深刻でリアルなものまで、大変幅広く画法を使い分けています。ひとつの画法だけでしか描かない作家は、日本には少ない。だから、本当にまじめな画法で、描く必要を感じれば、そういう風に描くのです。 ペルク(MCの日本担当員) MCの漫画家たちの場合は、マーベル的な、画法だけに片寄っているのではなく、「クレイジー」「マッド」など他の雑誌にかくときは、また違う画法を用いてる。だから、これは画法の技術的な問題というよりは、ビジネスの問題だと思う。 手塚 それは、日本と全く同じです。 ――では、アメリカで原作と絵とを分業でやっているのは、どのくらいいるのでしょうか? リー だいたい1/3が分業で、コミックス系に多く、2/3がひとりで考え、描いて、新聞系に多いようです。 ――日本の人気作家は、アシスタントを使って月に600頁から700頁位描いているがリーさんの場合は? リー 私の今までの最高は恐らく、1日に20頁位と思う。つまり月に600頁位だ。しかし、日本の作家のものより、私の書くものには、せりふやことばが、ずっと多い。また、スタッフは全部で、60〜70人位いる。あと30〜40人位のフリーのライターがいる。 リー ところで、手塚さん、アニメーションのスタジオを、お持ちと思いますが、今、どんな作品を作っていらっしゃいますか? 手塚 「火の鳥」をやっています。それから、2時間のテレビ用特別アニメーションフィルムを作っています。それは「バンダー・ブック」というスペースオペラです。バンダーというのは、主人公の子供の名前で、宇宙船が難破して、いろいろな惑星を漂流するんです。 リー それはおもしろそうですね。急いでニューヨークに戻って、あなたが作ってしまう前に、作れるものなら作りたいくらいです。(笑) 手塚 アニメーションを作るのは、時間がかかるんです。だから安心してしゃべってるんです。(一同笑) |
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ペルク マーベルの「ゴジラ」を、御覧になりましたか? 手塚 いや、まだ見ていません。が、ハンナ・バーバラ・プロダクションで、「ゴジラ」をTV漫画にする話は聞きました。 リー では、手塚さんに秘密情報を教えましょう。ハンナ・バーバラでは「ゴジラ」の中に新しいキャラクターを登場させます。それは「ガズキ」という名のモンスターの赤ん坊で、ゴジラはいつもガズキを助ける役なのです。 手塚 私が彼に聞いた時、ゴジラは人助けをする良い怪獣だといってました。 リー 「ゴジラ」は、アメリカで9月から朝9時に放送するのだが、かつての、「スーパーマン」や「バットマン」より、人気番組になることうけあいです。 |
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手塚 今年の8月、オタワで国際アニメーション大会があって、カナダに行きますが、その後ニューヨークに寄ったときに、お会いしたいと思います。 リー 是非ともいらして下さい。お待ちしています。 …と再会を約束して白熱した2時間余にわたる日米コミックス対談はおわった。 |