ミラクルマンについて(歴史)

 ミラクルマン。何ともまあ、味気ない無味乾燥とした名前である。スーパーマンやバットマン、あるいはウルトラマンやミラーマンなどと同じく、あきれるほどに即物的で何のひねりもない名前である。しかし、アメコミファンがこの名前を口にする時、そこには他のヒーローに対する時のような純粋な憧れや崇拝といった感情はない。ミラクルマンは数あるスーパーヒーローのなかでも異彩を放っており、他のヒーローとは一線を画す独特の存在なのだ。では、このミラクルマンがどうやって誕生したのかを、順を追って見ていこう。

 全てはスーパーマンの誕生から始まった。1938年6月、National Periodical Publications(現在のDCコミックス)が発売した『Action Comics #1』に登場したスーパーマンは、従来のアメコミにはない全く新しいヒーロー像を読者に提供した。それまでは主人公といえど、あくまでも普通の人間であったのに対し、スーパーマンは怪力や飛行能力(実際には跳躍力)といった超能力を保有しており、まさに超人そのものだった。こうした新しいヒーロー像はまたたく間に人気が上昇し、その結果、さまざまな出版社が二匹目のドジョウを狙って、スーパーマン風の亜流ヒーローを作り出すことになった。

 そんななかで誕生したのが、フォーセット・コミックスが発売した『Whiz Comics #1』に登場するキャプテン・マーベルだった。少年が魔法の呪文を唱えることで、無敵のヒーロー、キャプテン・マーベルに変身するというストーリーを、子供たちが喜ばないはずがない。“ビッグ・レッド・チーズ”という愛称を持つキャプテン・マーベルの人気は上昇し、少年版のキャプテン・マーベル・ジュニアや、少女版のメリー・マーベルなどといった新キャラクターも仲間に加わり、かくしてマーベル・ファミリーが誕生することになった。

 ところが、これをおもしろくないと思う人々がいた。スーパーマンを産みだした本家本元のDCコミックスである。DCコミックスは「キャプテン・マーベルはスーパーマンの盗作であり、著作権侵害にあたる」として、フォーセット・コミックスに対して訴訟をおこした。一般常識から考えると、DCコミックスの主張にはかなり無理があると思えるのだが、裁判所の判断は違っていた。裁判は長年に渡って続き、結局、フォーセット・コミックスは多額の示談金を支払うことでDCコミックスと和解し、1953年の秋にコミック業界から撤退した。また、キャプテン・マーベルの著作権もDCコミックスが所有することになってしまった。

 一方その頃、イギリスでは、Len Miller & Sonという出版社が、アメリカで発売されたキャプテン・マーベルのコミックをリプリント(再録)として発売していた。ところが、この不名誉な裁判沙汰のせいで、キャプテン・マーベルの新刊が発売されなくなってしまった。このままでは雑誌が廃刊になってしまう。そう考えたLen Miller & Son社は、キャプテン・マーベルに代わる新しいヒーローを作り出した。それがマーベルマンである。

 キャプテン・マーベルが「シャザム」という呪文を唱えるのに対し、マーベルマンは「キモタ」という言葉を唱える。また、キャプテン・マーベル・ジュニアはヤング・マーベルマンへ、メリー・マーベルは少女から少年へと変わりキッド・ミラクルマンへと変更された。要するに、名前とコスチュームを変えて、従来の設定を換骨奪胎しただけの、新しくもなんともないヒーローを作り上げたのだ。これがアメリカ国内の話ならば、確実にDCコミックスに訴えられていたことだろうが、海を隔てたイギリスでのこと。DCコミックスは無視することに決めたらしい。その後、マーベルマンのコミックは順調に刊を重ね、約9年間続いた後、売り上げ低迷のために廃刊となった。

 それから20年近く時が流れた1982年。イギリスのQuality Communicationsという会社が『Warrior』というアンソロジー雑誌を創刊することになり、その創刊号にマーベルマンの新作モノクロコミックが掲載されることになった。脚本を担当したのは、ほとんど知名度のないアラン・ムーアという人物だった。しかし、このコミックは、ヒーローの名前こそ以前と同じであったものの、その内容は大きく異なっていた。記憶を失っていたヒーローが自分の過去を思い出すうちに、思いもよらぬ真相が明らかにされていくというストーリーは、高い評価を受け、イーグル賞を受賞することとなった。

 ところが、ここで海を隔てたアメリカから横槍が入る。アメリカの大手コミック会社であるマーベル・コミックスが「マーベルマンというヒーローの名称は、当社を連想させるものであり、当社の権利を侵害している」として、出版停止を求めてきたのだ。これまた一般常識から考えると、無謀な主張だと思えるのだが、世の中正しいことがまかり通るとは限らない。莫大な資金を持つマーベル・コミックスが訴訟をおこせば、経済的に余裕のないイギリスの小さな出版社などひとたまりもない。触らぬ神にたたり無し。Quality Communicationsは、マーベルマンの出版を一時停止せざるをえなかった。

 数年後、アメリカの出版社Eclipse Comicsが、新たにカラーリングをほどこしてマーベルマンのコミックを復活させた。ただし、訴訟を避けるために、マーベルマンという名称は全てミラクルマンという名前に変更されていた。アメリカで『Miracleman #1』が発売されたのは、1985年8月。あの『the Dark Knight Returns』や『Watchmen』よりも前のことである。

 その後、ミラクルマンはゆっくりとしたペースで刊行を続け、多くの人からの賞賛を受けることになる。特に、アラン・ムーアが脚本を担当した最後のストーリーとなる15〜16号は、その衝撃的なストーリー展開で読者を驚かせることになる。17号以降は、アラン・ムーアの指名により、同じくイギリス出身のニール・ゲイマンが脚本を担当することになった(同時期に、ゲイマン脚本の『Sandman』も発売される)。ゲイマンは今後の展開として「the Golden Age」「the Silver Age」「the Dark Age」という三部作を構想していることを発表。読者の期待はいやがうえにも高まった。

 ようやく安定したかに思えたミラクルマンだったが、さらに不幸が襲いかかった。1994年、出版元であるEclipse Comicsが倒産してしまったのだ。こうしてミラクルマンのコミックは24号を発売した時点で中断してしまった。ただ、出版社が倒産したと言っても、読者にとってはそれほど問題はない。別の出版社が版権を買い取って、また新たに再開すればいいだけの話なのだから。

 ところが、悲劇はさらに続いた。1996年4月、とある公開オークションで、“Eclipse Comicsが所有する著作権”が競りにかけられ、『スポーン』で有名なトッド・マクファーレンが落札した。大リーグのホームランボールを常識はずれの金額で落札したこともある男である。マクファーレンはミラクルマンの版権を買い取って、自分のプロダクションから出版しようと考えていたらしい。

 しかし、それに異を唱える人物がいた。ニール・ゲイマンその人である。ゲイマンは「ミラクルマンの著作権の一部は現在のライター&アーティスト(=ニール・ゲイマンとマーク・ブッキンガム)にもある」と主張。マクファーレンを訴えることになった。ちなみに、ゲイマンとマクファーレンとの間には、『スポーン』に登場するアンジェラというキャラクターを巡っても著作権争いがおこなわれており、こちらのほうには「ゲイマン側にも著作権がある」と裁判所は判決を下したようだ。一時期はマクファーレンがゲイマンに著作権の一部を譲渡するという和解策も提示されたのだが、結局は実現しなかったらしい。ミラクルマンの著作権を巡る裁判は、現在も継続中である。

 ミラクルマンの新刊が発売されなくなって、10年が過ぎようとしている。ミラクルマンは、「奇跡の男」という名前とは裏腹に、苦難と挫折の歴史をたどってきた。今後、ミラクルマンの未来がどうなるのかは誰にもわからないが、彼が奇跡の復活を遂げてくれる日を読者は心待ちにしているのである。

参考データ:Wikipedia: National Comics Publications v. Fawcett Publications

 

〜ミラクルマン 関連年表〜
1938.6 「Action Comics #1」にスーパーマン初登場。
 アメコミ史上初のスーパーヒーローコミックとなる。
1939.5 「Wonder Comics #1」にワンダー・マン登場。
 これ以降、スーパーマンの亜流が相次いで登場することになる。
1940..2 「Whiz Comics #1」(Fawcett Comics)にキャプテン・マーベル(シャザム)初登場。
1941.12 「Whiz Comics #25」にキャプテン・マーベル・ジュニア初登場。
1942.12 「Captain Mavel Adventures #18」にメリー・マーベル初登場。
1945.2 「More Fun Comics #101」にスーパーボーイ初登場。
1953 キャプテン・マーベルの著作権を巡り、DC Comicsと争っていたFawcett Comicsが示談金を払って和解する。その後、Fawcett Comicsはコミック出版部門を閉鎖する。
1954 (イギリス)キャプテン・マーベルのリプリントを発売していた出版社Len Miller & Sonは、キャプテン・マーベルに代わるヒーローとして、それとよく似た設定のマーベルマンを創造し、「Marvelman」「Young Marvelman」「Marvelman Family」といったコミックを発売する。
1958 (日本)紙芝居作家だった水木しげるが、スーパーマン風の「ロケットマン」という貸本漫画でデビューする。
1959.5 「Action Comics #252」にスーパーガール初登場。
1963.2 (イギリス)約9年間続いたマーベルマンのコミックが売り上げ低迷のため廃刊。
1967.12 「Marvel Super-Heroes #12」にキャプテン・マーベル(クリー人)初登場。
1977 ロバート・メイヤーが「Superfolks」という小説を発表する。
内容は、現役を引退した中年のスーパーヒーローが、再び悪と戦うというもの。
この小説は、後世のクリエイターに少なからぬ影響を与えたと言われる。
1982.3 (イギリス)雑誌「Warrior」創刊号で、アラン・ムーアが脚本を担当したモノクロコミック「Marvelman」の連載が開始。
同作品は高い評価を受け、イーグル賞を受賞する。
  (イギリス)アメリカのMarvel Comicsから抗議を受け、「Warrior」19号で連載は中断される。その後、「Warrior」自体も26号で廃刊になる。
1985.8 アメリカの出版社Eclipse Comicsが、キャラクターの名前を変更したオールカラーコミック「Miracleman」を発売する。
1986.3 「the Dark Knight Returns #1」が発売。
1986.9 「Watchmen #1」が発売。
1989.1 「Sandman #1」が発売。
1989.12 「Miracleman #16」発売。アラン・ムーア脚本としては、最後の作品となる。
1990.6 「Miracleman #17」発売。これ以降は、ニール・ゲイマンが脚本を担当。
1994 Eclipse Comics倒産。
1996.4 公開オークションで、トッド・マクファーレンが“Eclipse Comicsが所有する著作権”を落札する。落札金額はわずか25000ドルだったと言われる。
   ニール・ゲイマンは「Miraclemanの著作権の一部は現在のライター&アーティストにある」と主張し、マクファーレン側を訴える。
裁判は現在も継続中である。
2001.10 解説本「Kimota!: the Miracleman Companion」が発売。

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